来週、ご近所の奥さんと旅行に行くの―― 母のその一言で、吸血鬼と2人での留守番は確定した。 旅先での安全を心配しつつ母を送り出してから、早数時間。今日は土曜日で、学校は休みだった。 まだ日は高いせいか、DIOは閉め切った部屋で眠ったままだ。 彼が眠ってくれているお陰で、邪魔されずに勉強に集中できる。承太郎は昼間という時間に感謝しつつ、教科書と向き合った。 全開にした窓から涼しい風が入ってくる。風に吹かれて葉が揺れて鳴り、時折耳に飛び込んでくる鳩の鳴き声がひどく平和に聞こえる。自然の奏でる音色は落ち着きを与えてくれるものだ。 承太郎の勉強は、非常に順調に進んでいた。 いつもなら横から入ってくる茶々がないので、集中して事に当たれるのだ。人によって集中できる環境というのは違うが、承太郎はやはり静寂の中でこそ落ち着けた。戦いの中ではそうもいかないが、それとこれとはまた別の話だ。 予定していた勉強が終われば、承太郎は晩御飯を買ってこなければならない。いつもは母が作っておいてくれるのだが、今回は作りおきの料理もない。 承太郎もお料理をしてみたらいいわ、楽しいわよ――とはホリィの談である。生憎、そうは言われても承太郎には作る気がないので、出来合いのもので済ますつもりだったが。 「承太郎、夕飯はどうするのだ。」 日が傾いた頃、髪に寝癖をつけた元帝王がふらふらと承太郎の部屋を訪れた。 その気の抜けように、承太郎は毒気を抜かれる。全くもってエジプトで戦った時とは別人だ。いっそ本当に別人であってくれた方が、ある意味では良かったのかもしれない。そんな詮無いことを、たまに承太郎は思う。 「適当に買ってくるつもりだ。」 「なに? それではつまらん。お前が作れ、承太郎。」 承太郎の側に腰を下ろしながら、DIOが言う。それを目で追いながら、承太郎は口を尖らせた。 こいつは何を言い出すのか。 「はぁ? 何で俺が…。」 「承太郎、飯というのは大事なものなのだぞ。」 「料理は嗜好品って豪語してるくせに偉そうに言うんじゃねぇ。」 このDIOは嗜好品にもこだわるのだ! と胸を張るDIOに少し頭が痛くなる。このわがまま吸血鬼め。と心の中でだけ呟いた。 その後しばらく押し問答をしたが、「料理もできないのか」と見下されたように笑われ、馬鹿にされた気がしてつい「出来ないことはない」と答えてしまったのが運のつき。 売り言葉に買い言葉というやつだ。結局は、承太郎が夕御飯を作る羽目になってしまった。 DIOは誘導尋問だとかそういった類の話術が巧みで、彼の思うとおりに事が運ぶような言動を今までにも何度か取ってしまったことがある。相手の性格をよく知った上でやるのだから、たちが悪い。 承太郎はなにを作ろうか思案しながら、そっと溜息をついた。 ――やれやれだぜ…。 母はあと二晩帰ってこない。毎日食事を作らされるようなことになるのだけは御免だった。そういう経緯もあり、作ることにしたのは作り置きの出来るカレーだ。レシピを見ても、さほど複雑そうではないというのも大いにある。 承太郎は材料を目の前にして、やや危なげな手つきで包丁を持つ。料理など、生まれてこの方したことがない。学校でのそういう行事の時は、大抵フケていた覚えがある。母を手伝ったことも、思い返せば幼少の頃にあったかなかったかという程度だ。 にやにやと笑いながら眺めているDIOがこの上なく鬱陶しい。言いだしっぺのこの男は、承太郎を見ているだけで何もしない。手伝えと言ってやりたいが、手伝ってもらったらもらったで何をしでかすか分からないというのが厄介なところだ。 何だかんだいって、DIOには何もしないでいてもらうのが一番だった。 しかし、野菜を切り進めていく途中で何度かDIOにちょっかいを出される。ちょっかいとは切った野菜の形を「前衛的だな」と揶揄されたり、腰に手を回されたりすることである。DIOがいらんことをするたびに、承太郎は包丁を構えた。そのせいで、料理の準備は中々進まない。 「承太郎、包丁は振り回すものではないぞ。」 「うるせぇ。そう思うんだったら手を出すんじゃねぇ!」 そうは言うがな… とDIOがまたしても腰に手を伸ばしてくる。 鬱陶しいので一発ぶっ飛ばしてやろうと思った瞬間、手が滑って包丁が指を切り裂いた。 「…っ」 「うん? どうした。」 「…てめぇのせいで切った。」 傷口から血が滲む。深い傷ではないが、じくじくと痛んだ。 DIOは深くはないが長く傷ついた承太郎の指をじっと見つめる。そして、その血を見てぽつりと漏らした。 「勿体無いな。」 「…………。」 ――勿体無いって何だよ。 DIOの言葉に、承太郎は口をへの字に曲げる。 何故かは分からないが、妙に腹が立った。「勿体無い」という言葉が、変に心に引っ掛かる。 承太郎は包丁を放り出し、手当てのためにキッチンから出て行く。その背にDIOの声が被さる。 「承太郎、待て。」 「うるさい。」 「その血をこれに入れる気はないか? 美味くなると思うのだが。」 「……ふざけんな馬鹿野郎。」 具材を指差してとんでもないことを言い出すDIOに、更に腹が立つ。自然と足音が荒くなった。 今までもDIOの発言に頭にきたことはあったが、それは馬鹿にされたり彼が意味不明の理屈をこねたりした時だけだ。今回のように、なんでもない発言で心がささくれることなどなかった。自分の怒りの原因が分からず、更にイラつきが募る。 「なんだ、何をそんなに怒って拗ねているんだ?」 「怒ってねぇし、拗ねてもない。」 強い口調で承太郎が言う。 怒っているし拗ねてもいるだろう…DIOは承太郎の台詞に内心で苦笑する。それと同時に、その理由を探して承太郎の背を見遣る。承太郎自身も理解していない、怒りの原因だ。 もしも今DIOが思っている通りの理由で怒っているのだとしたら、この上なく満足のゆくことだ。違うのであれば、DIOとしても見当がつかなくなる。 それを確かめるべく、DIOは足早に承太郎を追いかけた。そして追いつくと、一言添えて傷を負った承太郎の手を取る。 「――すまなかったな。大丈夫か?」 承太郎が驚いて振り返った時には、切れた指はDIOの口に含まれていた。突然のことに、承太郎は呆気に取られてDIOを見つめた。 怒りが動揺と驚きに取って代わってしまったことに、本人は気付かずDIOが気付く。承太郎のその反応に、DIOは満足げに喉を鳴らして血を啜った。どうやら事はDIOの思った通りに運んだらしい。 承太郎は怪我をして流れた血が「勿体無い」という吸血鬼としてのDIOの発言に怒ったのだ。怪我をさせられたことに怒っていたのならば謝罪の言葉程度で怒りは鎮火しないだろうし、また血を吸うことも許しはしないだろう。 ということは、承太郎が欲していたのは別の台詞ということになる。血に対してではなく、怪我に対する言葉を。 なんとまぁ可愛らしいことか。DIOは零れる笑みを堪えきれない。 しかも本人は自身がそういうことを思っているとは全く気付いていないのだ。 ――この自覚の無さよ。 だから自分はこんなにも彼を気に入っているのだ。 「相変わらずお前の血は格別だな。」 ――やはり直接この舌で味わった方が良い。 DIOが承太郎の指を唇から離し、呟きながら手の甲にそっと口付けを落とす。その時には、血はもう止まっていた。 承太郎はその様を言葉もなくただ見つめているだけだ。 「お前が血を流すのは、私が傷つけた時だけにしてくれ。」 「……言ってろ。」 いつのまにか消えてしまった怒りに気付いて、承太郎は嗤うDIOから視線を外す。 戸惑いだけが残り、胸の奥がほんの少しだけ締め付けられる。 承太郎はその感情に名前をつけることができずに、ただ立ち尽くす。 ---------------------------------------------------------------- 承太郎が料理してる図を想像してふいた。 かわいすぎる。 承太郎はDIO様に心配してもらいたかったんだ。(ぇ お約束の展開と承太郎さんヲトメ化すみませんorz ほのぼの目指して玉砕ッ |