街を歩けば、誰もが振り返るだろう。
そんなことは見当がついていた。


学校の帰り道に不良学生に絡まれその喧嘩を買った承太郎は、彼らをぶっ飛ばし、家路についていた。
威圧的な外見と気性の激しい性格のため、以前から頻繁に喧嘩は巻き起こっていた。しかし、エジプトでの事件が収束してからはそれなりに自制はしていたのだ。
ただ、やはり以前の因縁やら、外見が気に入らないといったくだらない理由で絡まれることはなくならなかった。そういった喧嘩を買わない理由は、今の承太郎には持ち合わせていない。
もちろんスタンドは使用しないので、相手が多人数であるとやや不利な場面も出てくる。今回もそれで幾らか殴られたものの、大きな怪我ではない。ただ、唇の端が切れてしまったのはいただけない。そこだけがじりじりと痛んだ。

「承太郎。」

唇の傷が気になり、そこを弄いながら歩く。そんな時、呼ばれた気がして辺りを見回した。
やや前方に目を向けると、視界に見慣れた金色が飛び込んでくる。何気い所作で佇んではいるが、その姿にはやはりどこかしら威圧感が伴っていた。それは彼が吸血鬼であるということに由来するものなのか、それとも性格や持っている存在感だとか雰囲気によるものなのかは判然としない。だが、それは別段重要なことではない。
空はすでに暗く、太陽は沈んだ後だった。

「…何やってんだ。」
「それは私の台詞だ。どうした、怪我をしているな?」
「…別に。」

DIOから視線を外し、歩調を速めて再び家へと向かう。
今はあまり会いたくない顔だった。何故かと言われると、やはり自分がいま軽いとはいえ怪我を負っているからだろう。どんな弱みでも、この男には見せたくなかった。
この男は、人の弱みや心の隙間につけこむのがどうしようもなく上手い。
承太郎が前を通り過ぎると、DIOが歩き出し隣に並ぶ。そして承太郎の顔を覗き込み、にやりと笑った。

「スタンド使いと戦ったわけでもないのに、お前でもそんな怪我をするのだな。」
「…放っといてくれ。」
「ふむ…今日はやけにご機嫌斜めだな?」

そんなことはねぇ、と呟いて足早に歩く。
人通りの多い道だった。時間的に、ちょうど仕事帰りの人間たちもいるのだろう。
いらぬ喧嘩を買ったせいで、普段よりも帰宅するのがかなり遅れてしまった。いつもならば混雑する時間帯には絶対にぶつからないし、ましてや日が沈んでいることなどなかった。
すれ違う人々にぶつからぬように身をかわす。だが、道行く人は歩くことに集中しておらず、承太郎が予想するとおりに歩いてくれない。お陰で避けても肩が掠ったり腕がぶつかったりした。その理由は、実に単純だった。
彼らは見ているのだ。
自分ではない、隣を歩く男を。

――鬱陶しい…。

変にカリスマとやらを持っている男だ、その上容姿も人目を引く。そんな男が威風堂々と歩いていれば、目を奪われるのも当然なのだろう。
端整な女が半ば恍惚とするようにDIOを見つめている。そんな女は他にもいたし、中には男だっていた。
その視線に、承太郎は妙に苛々とした。
エジプトにいた、DIOを狂信する連中もあんな目をしていた。この男はその気になれば、また同じように部下を増やすことが出来るのだろう。それだけならば、スタンドなど今でも必要ない。
承太郎はしかし、苛つきの原因が人々の視線によって過去を思い出すから、というだけではないことに気付く。それを認めたくなくて、承太郎は半ば走るようにして帰途を急いだ。その通りを、早く離れたかったのだ。
対してDIOは、その後をのんびりと着いて行くだけだった。DIOは承太郎が急ぐ理由に内心で勘付いていたのだから、この男はまったく人の心の機微に敏いといえた。気付いていながら、彼は自分からは一定距離以上近づかない。蜘蛛が獲物を狩るように、罠を張っているだけだ。たまに、惑わすために手を出すことはあったとしても…だ。
堕ちてくることは確信している。だからあとは、ゆるりと待っていればいいのだ。その待つ時間が、今はたまらなく楽しかった。そうして待ちに待った瞬間は、きっと何より素晴らしいものだろう。DIOの口角が自然と吊り上がった。
歩む中で人々から送られる視線は、まるで無視した。彼らからの尊崇や思慕の念など、興味がない。昔ならば利用しようと近付かせもしただろうが、そういった人間も今となっては利用価値がない。
少しばかり遠ざかった承太郎の背を眺め、DIOは少しだけ歩く速度を上げる。追いついて再び隣に並ぶと、端整な顔が少し歪んだ。その顔を横目で見て、DIOは笑った。尖った牙が、唇の隙間から僅かに覗いた。
ほんの少し、踏み込んでみるのも悪くない。


お帰りなさい、と優しい声に迎えられてほっとする。母はいつだって、安心をくれるかけがえのない存在だ。
それでも素っ気無く返事を返して、承太郎は自分の部屋に戻った。思春期特有の恥じらいというものが、承太郎にも存在している。
部屋の扉を開けると、思いがけず後ろから押され、つんのめるようにして足を踏み入れる。鞄が軽い音を立てて手から落ちた。

「なんだよ…!?」

振り返って睨み付けると腕が鷲掴みにされ、少しの痛みを感じる。眉を顰めると、扉を後ろ手で閉めたDIOが微笑んだ。意味ありげな微笑みに何事か言おうとした承太郎の唇に、DIOの乾いたそれが押し当てられる。離れ際、唇の傷が軽く舐められた。それで痛みがぶり返したのか、承太郎の顔が僅かに顰められる。
承太郎のそういう表情が、DIOはたまらなく好きだった。

「……お前、何でこんなことするんだ?」
「分からんのか?」
「……分かったら聞かねぇよ。」

手懐けるためだろうか、情を湧かせる為だろうか。承太郎は思考をめぐらせる。もし前者であったなら、見当違いの方法だということになる。飼い慣らされるつもりは承太郎には毛頭なかったし、恐らくDIOにそのつもりもないだろう。後者であるならば、不本意ではあるが効果があったといわざるをえなかった。DIOに初めて吸血されたときも、彼との距離が妙に近かったせいでその存在に慣れ、変に感傷的になってしまった。
ただ、仮に情を湧かせるためであったとしても、今の行動は承太郎には解せない。以前の夜の出来事もだ。思い出して、羞恥に承太郎の顔に血が上る。そういった行為は、自分たちの間にはちっとも相応しくないのだ。
DIOが囁く言葉はいつだって信用できない、理解などできようはずもなかった。
――本当は、理解したくないのだ。今の行為にだって、承太郎の心はひどく掻き乱されていた。

「…お前を見てた女とかにしてやれよ。」

DIOから離れながら思わず呟くと、目の前の男が低く笑う。そういう言葉が欲しかったといわんばかりの笑みだ。実際DIOはそう思っていた。そういう台詞が口から漏れるということは、他人がDIOを見る目を意識したということに他ならない。何も思っていない人間に対しての他人からの視線など、気になろうはずもない。
承太郎は自らの胸の内を露呈したも同然だった。本人はそのことに気付いていないのか、眉根を寄せて不満そうにしているだけだ。
低い笑い声が耳に届いて、切れた唇の端がずきずきと痛み出し承太郎は顔を歪める。

「私はお前以外に興味が無い。」

承太郎、嫉妬でもしたのか?
DIOが嗤いながら言う。自覚を叩きつけるための言葉だ。
目の前の青年はもうすぐ堕ちてくる。それも墓穴を掘ってだ。楽しくてしょうがなかった。

承太郎はその言葉を否定しきれない自分を見つけて愕然とする。雑踏の中で見つけた感情が、胸の内で燻った。
突然頬を撫でられて、びくりと肩が動く。温かに感じるその手を、心地良いと、思った。

――本当はDIOのことを、少しは好きなのかも知れない。

承太郎は認めたくないけれど、そう、思ってしまった。

「愛しているぞ、承太郎。」

DIOはそう口にし、承太郎に憎まれる。


唇の傷から、新しい血が滲んだ。


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なにこれ恥ずk
またしても承太郎がヲトメ化ですorz
実は承太郎を迎えに行ったDIOでした。