高校生らしく、承太郎は机に向かって教科書を広げていた。
エジプトに行っている間に遅れてしまった勉強を、取り返さなければならないからだ。
別段苦手な教科はないが、知識不足なところはある。
ただ、承太郎は元々明晰な頭脳の持ち主である。
集中して勉強すれば、すぐに遅れた分は取り返せるはずだった。
集中できれば、の話だが。
机に向かう承太郎に、先程からちょっかいを出す存在が一つあるのだ。

DIOである。

SPW財団の科学者たちの好奇心のお陰で、見事に復活してしまった吸血鬼。
理由は不明だが、その復活した吸血鬼は空条家に滞在している。
DIOは夜中に承太郎の部屋に侵入してきた時に、「祖父には手を出していない」と言っていた。
それが事実か確認するために連絡を取ったところ、事実だった上に祖父は既にDIOの復活を知っているようだった。
彼は身を案じてくれたり、注意するようにとは言ってくれたものの、
スタンドの居ないDIOが以前のような脅威にはならないのでは、と考えているらしかった。
それは承太郎のスタンド、スタープラチナが居れば、何かやらかしそうなDIOを止めることは容易だからであろう。
承太郎はDIOに一度勝っている身だし、スタープラチナは短時間とはいえ時を止められるのだ。
それに何より、DIOには以前のような邪悪さがあまり見られない。
隠しているか、そうでなければどこかに落としてきたらしかった。

――SPW財団も厄介払いをしたくて、ヤツがここにいることを了承したんじゃぁないだろうな。

密かに疑う承太郎だった。

「承太郎。」
「………なんだ。」

教科書から視線を上げずに、DIOの呼びかけにこたえる。
無視をしたら口だけでなく手が出てくるので、おざなりでも返事せざるをえなかった。

「それは何の教科だ?」
「化学。」

化学か、と大して興味もなさそうに、広げている教科書をDIOが覗き込む。
その手には、承太郎の本棚から取って来た「死者の書」がある。
どうやら読むのに飽きたらしかった。

「このDIOは大学では法律を専攻したが…。承太郎、お前は一体何を専攻するつもりなのだ?」
「……生物。」

お前大学とか行ってたのか。
と言いたい気持ちを抑えて、なるたけ簡潔に答える。
下手にそういうことを言ってしまうと、会話が広がってしまう。
とりあえず、今は集中して勉強がしたいので会話は早く終わらせてしまうに限る。

「ほぅ、そうなのか?
お前の本棚には飛行機だとか船の本が置いてあったから、てっきり工学系かと思ったぞ。」
「放っとけ。てめぇには関係ないだろう。あと、俺の邪魔をするな。」
「それではつまらんだろう、私が。このDIOがいるのだ、お前は私の相手をしろ。」

つまらないのはお前か、とか外へでも出て行けと言いたかったが、それはそれで問題がある。
DIOが外に出たら何をやらかすか分からない。
誰かを襲って吸血するとか。

「……そういえば、お前って、血とかどうするんだ?」

承太郎は教科書から顔を上げた。
DIOが空条家に押しかけてきてから、まだ1日しか経っていない。
だがその1日の中で、DIOが母親に出された料理を食べているのは一応見た。
というか、嫌々ながら一緒に食べた。
しかし吸血鬼なのだから、血液は必要だろう。
一体どうするつもりなのか。
はっきりさせておかないと、いつか新聞に血液の抜かれた死体が発見、なんて見出しが躍れば笑い事ではすまない。

「普通の食事も摂るが、血は必要だな。」
「……どこから?」

SPW財団が、血液を作っていたりしないのだろうか。
と思ったが、どうもそれはないらしい。
人一人甦らせておきながら、その後のことは放ったらかしのようだ。忌々しい。
DIOはというと、何も言わずにやにやと笑いながら承太郎を見つめていた。
その笑みの意図を理解して、承太郎は嘆息する。

「…やれやれ。冗談じゃないぜ…。」
「そうか。 ならばその辺の人間を襲っても良いのだな?」
「…ダメに決まってんだろ。」
「ほぅ。それは困るな。」

困ると言いたいのは承太郎も同じだった。
最善なのは、もちろん吸血の必要などないことだが。

「そのまま吸血しないで生きていけよ。」
「それは無理だな。ただの料理だけでは腹は満たされても養分がない。
料理は嗜好品のようなものだ。
…実はそろそろ渇いてきているのだがな?」

今晩にでも、適当に見繕って頂くとするか。
DIOが試すように笑う。
それは最も避けなければならない事態だ。

――まさかそういうことにならないように、SPW財団はDIOをここに放り込んだんじゃないだろうな。

承太郎が胡乱そうな眼差しでDIOを見る。
しかしDIOは相変わらず、楽しそうに笑っているだけだ。
本当に忌々しい。

「…吸い尽くされたらたまんねぇ。」
「そんな勿体無いことはせんぞ? 何せジョースターの血だからな。」
「……下手に馴染まれてスタンドが発現したら困る。」
「そうなっても、承太郎、お前を襲ったりはしないぞ?」
「………そんな言葉が信じられるか。」

そう言うと、DIOが机越しに身を乗り出してくる。
承太郎は思わず身を引いた。

「誓うぞ?」

お前に。
破ったら殺せばよかろう。

何でもないことのようにDIOが言う。
本気か、と思ったが、どうやら本気らしい。
だがここで、血をやることを良しとしていいものか。
しかし承太郎が否と言うと、迷惑は周囲にかかる。
というか、確実にDIOはもう一度殺されるだろう。
別にそれはそれで構わない、哀れみも感じない…が、何故か後味は悪い。

「まぁそんなに深く考えるな。
今ここでお前が「是」の返事をしたとしよう。
だがお前は、私に血をやらぬようにガードすれば良かろう?
そのくらいのことをするのは、私は別に構わんぞ。
それでお前から血を吸えなかったら、このDIOの失態だ。」
「…それで死んでも、俺を恨まないと?」
「フッフッフ…そうだな。恨まんぞ。
まぁ、そんな事態には陥らんだろうがな…。」

挑戦的な笑みを浮かべるDIOの眼差しが、承太郎を貫く。
ここで引いたら、後で何を言われるか分からない。
そして、この危ない吸血鬼を野放しにすることも出来ない。

「…分かった。受けて立ってやる。」
「その言葉、聞いたぞ。承太郎。」


それ以来暫くの間、二人は一進一退の攻防を続けることになる。
しかし母親のホリィからは、「仲が良いのね」の一言で片付けられてしまったが。
何だかんだで二人とも、殺し合いとは程遠いこの「遊び」を楽しんでいる節があったのかもしれない。