しとしとと雨が降り続く。 入梅してからここ1週間は、毎日のように雨が降っている。梅雨時独特の空気はうんざりとさせられるものがあった。 くつろいだ格好で見覚えの無い題名の本を広げるDIOが、鬱々とした表情で溜息をつく。 「――しかし承太郎、毎日雨なのは何とかならんのか。」 「…俺に言うな。」 突然話を振られ、しかし承太郎は読んでいた雑誌から視線を外すことなく応えた。 天候など自分のあずかり知らぬことだし、何よりも梅雨とはそういうものだ。熱帯の雨季と違って、まだ風情を感じることもできる部分もある。 「じめじめするし蒸せるし、外に出る気も失せるわ。」 しかしうんざりしたように言うこの吸血鬼には、どうやらそういった風情を感じたり楽しんだりする気は皆無のようだった。 承太郎は溜息をついて、ちらりとDIOに視線を送る。彼は相当湿気に辟易しているのか、かなり不満気な顔をして本を睨んでいた。 天気など気にしないような性格だと思っていたのだが、存外そうでもないらしい。日本の夏は、どうやらこの元人間にはお気に召さないようだった。 「じゃあ出なきゃいいだろ…。どうせ夜しか動き回れねぇくせに。」 「それはそうなのだがな…。だが、これでも夜はそれなりに出歩いているのだぞ。」 雑誌をめくる承太郎の手が止まる。DIOの言葉に、思わず瞬きをした。 ――夜、出歩いている? 「……それは初耳だぜ。」 承太郎がDIOに視線を向けると同時に、彼はしまったというような顔をして視線をあさっての方向に向ける。承太郎はいかにも怪しいDIOの所作に、眉を顰めて疑わしげに見つめた。 彼が夜に外に出ているなど、気付きもしなかった。一体何のためにだろうか。 「…そうだったか?」 ばたんと本を閉じ、DIOが立ち上がる。まるでこの場から逃げようとしているかのようである。 DIOのその行動に、承太郎は疑問だとか不安だとか、そういった感情が噴き出すのを覚えた。眉間の皺が深くなる。 承太郎に知られてまずいことをしているとなれば、黙っているわけにはいかない。過去を振り返ってみれば一目瞭然だが、ただでさえ元々の素行に問題がある男なのだ。今更何か問題を起こしてSPW財団に粛正、などということになれば後味が悪すぎる。 「……お前、外出て何やってんだ。」 「何でも良かろう。」 「何か隠してんのか、テメー…。ことによっちゃ、ぶっ飛ばすぞ!」 雑誌を机に叩きつけ、承太郎も立ち上がる。まるでDIOの行く手を阻むように移動し、先程の僅かに焦ったような様とは打って変わってしれっとした表情の吸血鬼を睨みつけた。 すっ呆けることにしたのか、それとも上手い言い訳でも思いついたのか。DIOの表情からは、それを読み取ることが出来ない。 「白状しやがれ、DIOッ。」 「お前には関係の無いことだな、承太郎。」 「なに……」 放たれた言葉に、承太郎の気勢が殺がれる。 DIOは唇を笑みの形に歪め、冷たく承太郎を見遣った。 「私が何処で何をしようと、お前には関係なかろう。」 「そ、れはそうだけどよ。」 DIOの視線に気圧されるように、承太郎の言葉が小さくなる。 確かに相手の言う通りなのだが、それでは困るのだ。彼のためにも、自分のためにも。 ――別に、こいつが心配なわけじゃねぇけどよ。 憮然とする承太郎の内心を知ってか知らずか、DIOは我が意を得たりと言わんばかりに笑みを深くする。 「で、あろう? それなのにそんなに気になるのか、このDIOの行動が。」 DIOが腕を組み、壁にもたれかかる。 余裕さえ感じるその態度に、承太郎はイラつきが募るのを感じた。 問答を楽しんでいるだけなのか、やはり何かを隠そうとしているのか。もしも隠しているとすれば、果たしてそれが何なのか。 相手が相手である、はっきりさせないと落ち着いて日々を過ごすこともできなさそうだ。 勿論最上なのは、今ここで彼が白状してくれることなのだが。 「当たり前だろうがッ。テメーは何をやらかすか分かったもんじゃねぇ!」 承太郎の忌々しそうな言葉に、しかしDIOはにやにやと笑うだけだ。 「信用が無いな。」 「あると思ってんのか?」 「少なくともお前にはな。」 この男は本当に自信過剰だ。 承太郎はDIOの言葉に内心で呆れつつも、何処からその自信が出てくるのか不思議に思う。 大きく溜息をつき、承太郎は額に手をやる。 この男は自分の手に負えないと、諦めたくなる。かといって野放しにすることは絶対に出来ない。 気を回すことが多すぎて、承太郎は目を閉じた。 「お前にはほんと…頭が痛ぇ…。」 「仕様の無い奴だな。まぁお前の怒りに免じて、何をしているか教えてやろう。」 隠すようなことではないしな。 DIOが言い、にやりと笑う。それなら初めから言えと言ってやりたい。押し問答した時間を返してほしいぐらいだった。 相変わらずの上から目線で気に入らないが、それでも教えてくれる気になっただけましであろうか。それとも初めからそのつもりで、ただ単に承太郎との会話で遊んでいただけなのか。 承太郎は胡散臭げにDIOを見つめながら、口を開き念を押す。 「……本当のことを言えよ。」 「お前に嘘などつかん。」 その言葉に、承太郎が思わず眉を顰める。嘘臭く聞こえてしまうのだ、目の前の男の言葉は。 普段から承太郎に対して心にも無いことを言うくせに、そういう時はやけに真面目な顔をする。 真摯なふりをして、平気で嘘をつくのだ。この言葉も、信じられるものならば信じたいが、嘘かもしれない。 承太郎はDIOの吐く言葉に対して、常に疑心暗鬼だった。 胡乱気にDIOを見つめていると、彼が一歩踏み出す。その行動に首を傾げた瞬間、足が払われて承太郎は床に倒れ込み強か腰を打った。 あまりにも唐突で、受身を取ることもできなかったのだ。 「ッてぇ! テメー、何すんだ!」 倒れ込み、顔を顰める承太郎にDIOがのしかかる。 手首が掴まれて床に押さえ付けられ、承太郎が焦ったようにDIOに視線を向けた。 目の前にはやけに楽しそうなDIOの顔がある。 「実演だ。」 「な、にが実演だッ、どけよ!」 承太郎が身を捩り暴れる。だが、のしかかられているせいか思うように動けず、焦りだけが募る。 相手が何をするつもりなのかは分からないが、状況として非常に良くないということだけは分かる。 DIOは慌てる様を笑いながら見下ろし、承太郎の耳元に顔を近づけ小さく囁く。 「断る、と言ったら…?」 「な……」 承太郎が目を見張り、唇が小さくわななく。やけに不安げな顔に、DIOは首筋に軽く口付けを落とし、小さく微笑んで体を離す。 唇が触れた瞬間、承太郎の体が強張ったのには気付かないフリをする。 からかうのも、今はこの辺にしておいたほうが良い。これからあまり警戒を抱かれても厄介だ。 「フフ、そう硬くなるな。冗談だ。」 「……ッ。た、タチの悪い冗談はやめろ!」 押さえつけていた手首からも手を離し、DIOは承太郎の脇に座り込む。 承太郎は手首をさすりつつ上体を起こし、不満気にDIOを睨みつけた。僅かに頬に血が上っているのは、怒りのせいか別の何かによるものか。 「承太郎、お前、それなりにこのDIOのことを好いているだろう?」 「…そんなわけあるかッ。」 「ほぅ、まぁそういうことにしておいてやろう。」 DIOは顎に手を当ててにやにやと笑い、視線を逸らして床を睨みつける承太郎を見つめる。DIOは承太郎の、こういう年相応の可愛らしい所作が好きだった。 承太郎はその笑みを含んだ視線に居た堪れなくなり、ますます目線を下げて唇を尖らせる。そして思わず呟いた。 「…つーか。実演ってなんだよ。」 まさか夜な夜な出歩いて、その辺の女を引っ掛けていたりするのだろうか。 承太郎は頭を振って、その情景を追い払う。何となく胸が気持ち悪くて、大きく息を吐く。 何故自分がこの男に、こんなに気を揉まねばならないのか。 DIOは承太郎の呟きに目を瞬かせ、やがて合点がいったように頷いた。 「ん? ああ、冗談だと言っただろう。お前以外の人間なぞどうでもいい。 本当は本を買いに行っているのだ。そろそろ読むものが無くなってきてな。」 DIOの言葉に顔を上げ、その眼をじっと見つめる。それが本当のことであれば、重畳であるのだが。 その眼を見る限りでは嘘をついている様子はなく、承太郎は内心でほっとするが、話の内容が引っ掛かり小首を傾げる。 「……夜中に? 店、閉まってんじゃねぇのか?」 「開けさせている。」 「……はぁ!? ちゃんと開いてる時に行けよ!」 「それではちと時間が早かろう。」 「お前が遅いんだよ!」 相変わらずの常識破りなDIOの行動に、承太郎は再び頭痛を覚えた。 本屋もいい迷惑だろう。というか、本屋はそれで良いのか。問い詰めたくもあるが、関わり合いになりたくない気もする。 それ以前に、ちゃんと本を買っているのか。「買いに行っている」と言うからには買っているのだろうが、その金はどこから出ているのだろうか。 考え出したらキリがないので、とりあえずその疑問は脇に置いておく。 「…本当にそれだけだろうな?」 「うん? 疑り深いな、承太郎。まさしくそれだけだ。 たまに因縁をつけられたりもしているが、まぁ心配するな。」 「心配なんざするかッ。…………妙なこととかは、するなよ。」 「お前に誓って。」 DIOはにやりと笑い、承太郎の手を取ってその甲に口付けを落とす。 承太郎は慌ててその手を引っ込め、頬を少しだけ紅潮させてDIOを殴りつけた。 とりあえずは、一安心というところだろうか。 承太郎は人知れずほっと溜息をついた。 ----------------------------------------- 夜な夜な出歩く不審者DIO。 実は他にも色々やってるかもしれません。というかやってます。← 仲良くじゃれ合っているのを書きたかった…ってアルェー?orz |