「相棒、Trick or Treat?」
「……ハァ?」

愛機の仕様書や先の作戦における反省や要点をまとめた書類を眺めていたサイファーは、意味のわからないセリフに眉をひそめた。
部屋の入口を見れば、顔が描かれたかぼちゃを片手で玩びながらピクシーが笑顔で佇んでいる。

「ハロウィンだよ、相棒。知らないのか?」

ピクシーの言葉に知るかそんなもん、と冷たく言い放ちサイファーは書類に再び目を落とす。
一人掛けのソファに深く座り長い脚を投げ出している姿は少々だらしないが、常のことである。

「おいおい、つれないな。」

サイファーの座るソファの肘掛に腰を落としながら、ピクシーはにやりと笑った。

「お菓子をもらえないんじゃ、悪戯するしかないな。」
「……ハァ?」
「そういうイベントなんだよ。他の連中もやってるぞ?」
「暇な奴らだな……。」

呆れたように溜息を落とし、ぺらりと書類をめくる。
その紙面には、戦闘空域で作戦行動中、自分がどういう風に飛んでいたのかをまとめられていた。
デブリーフィングで済ませたはずのことを、サイファーはいつも後でもう一度紙面で確認する。
どうしてそんな面倒な事をわざわざするのかと聞くと、ただ一言趣味とだけ返ってきた。

「息抜きは重要だろ、相棒。」
「否定はしねぇよ。」

相変わらず書類に視線を落したまま、サイファーが答える。
彼の中ではいつでもイーグルが一番だ。見下ろす視点になっているピクシーからは、書類の内容まで見て取れる。
視線をよこさない相手にほんの少しの不満と大いなる悪戯心がわいた。

「お菓子はもらえないんだな?」
「そんなもん持ってねーよ。」

喜びを顔に出さないように、細心の注意が必要だった。
心の中でガッツポーズを作りながら、ピクシーは気付かれないように深呼吸をする。
偉大な悪戯を実行する時がついにやってきたのだ。気付かれて台無しにするわけにはいかなかった。

「よし、相棒。ちょっとこっち向け。」
「ああ? なんだよ……」

胡乱そうな表情が一瞬呆けたかと思うと、すぐに激怒に変わった。
ピクシーの内心の期待は外れ、二人が重なったのはその一瞬の間だけだった。

「ぐおッ!?」

鳩尾に拳が叩き込まれて、ピクシーは海老のように背を丸めた。
本気の一撃だ。息が詰まった。
いくらサイファーが細身といえども、戦闘機乗りである。鍛えた体は本物だ。

「ま、待てよ相棒。かわいい冗談じゃ…ぶっ!」

すぱーん、と小気味いい音を立てて頬がぶん殴られる。
吹っ飛ばされて、思わず床にへたり込んだ。
部屋の隅に、ころころとかぼちゃが転がっていく。

「出て行け。」

にっこり笑ったサイファーはやけに美しく見えた。


片頬を腫れさせ派手な音を立てて部屋から蹴り出されたピクシーを、幾人もの傭兵や整備員たちが凝視した。
彼の部屋に行くのは止そう、と思う者から、鬼神に悪戯したい!という怖いもの知らず、そしてサイファーに殴られたい!という哀れなものまで、様々な基地連中の視線を感じたピクシーだった。
得たものはしばらくの間至福を与えてくれそうだが、失ったものも大いにある。もちろん後悔はしていないが。
ピクシーは人知れず小さく溜息をつく。道のりは遠い。
遠くで「俺、サイファーに悪戯するんすよ!」というPJの元気な声が聞こえた気がした。


Happy Halloween!