それは10月31日の、夜の帳が下りた頃のできごとだ。


「承太郎! Trick or Treatだ!」

やけに楽しそうな顔をして、DIOがまとわりついてくる。
冷ややかな視線を向けると、元帝王はたじろいだのか、少しだけ身構えた。

「な、なんだその目は…。」
「テメーは馬鹿か?」
「なんだと! このDIOが馬鹿であるはずなかろう!」

馬鹿にするな!とぎゃあぎゃあうるさい。
馬鹿である。
承太郎は帽子を被り直し、やれやれだぜ、と息をつく。
そしておもむろにポケットに手を突っ込んだかと思うと、直方体の物体が高速でDIOの鼻っ柱にぶち当たった。

「ぬあっ! な、何をする承太郎!」
「Happy Halloween」
「む……。」
「チョコレートってやつだ。菓子はやったぜ。」

じゃあな、とDIOに背を向け歩き出す。
部屋に戻って、課題をしなければならない。いつまでも吸血鬼の相手をしている気はなかった。

「何故用意しているのだ承太郎ッ!」

その背を見ながらDIOが地団駄を踏む。
行事には疎い承太郎のことである。絶対に知らないと思って、31日の夜を楽しみにしていたのだ。
それなのに見事にお菓子を渡されては、悪戯ができなくなってしまう。
DIOの計画はすべてご破算になってしまった。あんなことやこんなことをするはずだったのに。

騒がしい声を聞きながら、承太郎は小さく笑う。
今日は学校で、やたらとハロウィンという行事について耳にしたのだ。
特に女子が騒いでおり、承太郎も冒頭のDIOのセリフをそのまま言われたのである。
その時はあいにくお菓子を持っていなかったため、危うく帽子を取られるところだった。
そして下校途中、空条家に居座る吸血鬼が同じことを言いやしないかと危惧して10円チョコを買っておいたのだ。
悪戯と称して何をされるか分からない。金色の吸血鬼の持つ前科は数多かった。
思い出して少し顔が熱くなったことは、もちろん忘れることにした。

承太郎はぴたりと足を止め、後ろからついてきていたDIOを見やる。
もごもごと口が動いているところをみると、しっかり10円チョコを食べているらしかった。

「おい。」
「なんだ、承太郎。」
「Trick or Treat?」

にやりと承太郎が笑うと、DIOが視線を泳がせる。

「承太郎、それは私の予定にはないぞ……。」

知るか、と言って、承太郎はスタープラチナを発現させる。
気付いた時にはもう、DIOは庭に放り出された後だった。
開いていた窓がぴしゃりと閉められる。

「何をする、承太郎ッ! 寒いぞ! 開けろ!」

騒ぐ吸血鬼を放っておいて、承太郎は部屋へと戻る。
その顔には珍しく楽しそうな笑顔が浮かんでいた。


Happy Halloween!